犠牲
密室。机を挟んで対面して座っています。
A(不問)白衣。
B(不問)女性が演じる場合は彼≠彼女≠ニ読んで下さい。
アドリブや言い回しの変更はご自由にどうぞ。
所要時間7分前後です。
≪本編≫
A:異変が起きたのは、いつからですか?
B:(ため息)ちょうど……ひと月ほど、前でしょうか。
――朝、目が覚めた私は、体中血まみれで、刃物を持っていました。
A:刃物?
B:はい。どこにでもあるような、ごく普通の刃物です。
A:その刃物に見覚えは?
B:ありません。
A:体の血、というのは?
B:ええ、私は最初、無意識のうちに、自分を刺したのだと思いました。
でも、自分の体に傷はなかった……。
とにかく、血がついているのは気味が悪いので、
私は血の始末をしてその日は眠りにつきました。
そして翌朝、私は同じ町で、人が殺されたという話を聞いたんです。
A:……(吐息)
B:怖かった……。
もしかしたら、自分が殺したのではないかと思うと、怖くてたまりませんでした……。
でも、気のせいだと思うことにしたんです。
A:気のせい?
B:だって私には、記憶が無いのですから。寝ぼけて人が殺せるはずがない。
だから……だからそのことは忘れようとしたんです。
――でも……
A:それから何度も同じことが起こった。
布団で寝たはずなのに、気が付くと道端で刃物を握り締めていて。
そして翌日には誰かが殺されたという話を聞く。
昼間、急に気を失ったかと思うと、
気が付いた時には自宅で血まみれになっていることもあった。
――そしてあなたは、自分が殺人をしているのだと、確信した。
B:はい……その通りです……。信じられない気分でした。
怖くて、何も出来ませんでした。……そしたら、自分の中から声が聞こえてきたんです。
A:声?
B:声です。私と全く同じ、声。
A:その声はなんと言っていました?
B:低く、唸るように、『身体を寄越せ』と……。
A:声が聴こえるようになったのはそれから?
B:はい……それから彼≠ヘ頻繁に私に話しかけてくるようになりました。
自分がどんな人を殺したのか、どんな風に殺したのか。どんな風に笑っていたのか。
事細かに説明されるんです……。何度も…何度も…何度も何度も。
…………毎日そんなことを聴かされているうちに、
本当の自分までもが狂ってしまいそうで……!
このままじゃ、本当に彼≠ノ意識を乗っ取られてしまいそうで……!
A:それで、自首を?
B:はい。私はたくさんの人を殺しました。きっと罰が下るでしょう。
でも、納得できないんです!
だって、私は殺人を犯していない!
人を殺したのは彼≠セ! 私は彼≠ェ出ている時は意識が無いんです。
無意識の内に人を殺していたら、それは罪なんですか!?
一拍
A:あなたに……あなたに罪はありません。私はそれを認めましょう。
犯人があなたの中の別人格なら、
その時のあなたの身体は凶器であり、道具でしかありません。
身に覚えの無い罪を責められるのは辛いことでしょう。
しかも、それによって処刑されそうになっているのです。
私には、あなたの悲しみは計り知れません。
B:ありがとう……ございます……。
A:あなたのためになれるかと思い、持ってきたものがあります。
B:持ってきたもの?
A:ええ。――――これです。
B:注射……器?
A:はい。
B:なんの、薬でしょうか……。
A:……ひとつの身体にふたつの人格があるのは悲しいことでしょう。
しかもその内のひとつは、覚えの無い罪で処刑されようとしている。
それは誰が聞いたとしても同情を隠せないことでしょうし、納得もできないでしょう。
別人格によって本来の人格が評価されるなんてことは、あってはいけないのです。
――これは、本来の人格を残して、別の人格を消し去る薬です。
B:消し去る……?
A:はい。ふたつの人格を統一するのではなく、この薬は完全に消し去ってしまうのです。
……ですが、それが本来の人格ではないにせよ、
人格を消すというのは、人を一人殺すのに、限りなく、等しい。
B:(被せるように)やってください。
A:いいの、ですか?
B:もう、耐えられないんです。例え処刑を免れなかったとしても、このまま死ぬのは嫌です。
私は、私だけのままで……死にたい。
一拍
A:わかりました……。では、腕を前に。
一拍。
B:……ッ。
ううっ、うぐ、ぁぁ……。
A:少し苦しいでしょうが、最初だけです。
今はゆっくり休んで下さい。
次に目を覚ました時、あなたの人格はひとつになっているはずです。
B:ううう……うう……う……。……。
A:おやすみなさい。
間
間
間
A:気分はどうですか?
B:う……うう……。
A:意識が戻ったようですね。
一拍
A:話の続きをしましょうか。
故意無き殺人であっても、それは罪となり罰せられます。
しかし、故意が無く、さらに過失もない場合は、
その人間を罰するべきではないと思います。
――ですが、あなたには罪がある。
一拍
A:もう、同情するものはいません。
行きましょう、そろそろ時間です。
――さあ、立ってください。
B:(ため息)ああ、まだ……殺し足りないんだけどなあ……。
END