増え鬼(ロングver.)
【登場人物】
部長 男 少々厨二気味の一番偉い人。感嘆符・台詞少。
祥子 女 ゆるふわ栗色ショートカット。今回のヒロインポジション。感嘆符・台詞多。
天野 男 口が悪い。今回の主人公ポジション。感嘆符・台詞多。
那須 男 クールなイケメン。感嘆符少。
美紀 女 お姉さん属性。黒髪ロング。
ごっこ遊びを本気でやる人達。
熱く、厨二全開で。
アドリブや言い回しの変更はどんどんどうぞ。
所要時間40分前後です。
【配役表】
部長♂:
祥子♀:
天野♂:
那須♂:
美紀♀:
【本編】
部長:おうおう。集まったな。これだけいれば申し分ない。
那須:申し分ないって、学園の裏庭なんかに呼び出して何の用だい部長。
天野:どうせまたロクでもない思い付きだろ、こいつのことだし。
祥子:なになに、なんか面白いことあるの?
美紀:帰って寝たい。
部長:お前らを今日、放課後に呼び出したのは他でもない。――鬼ごっこをするぞ。
天野:うわ、出た。
那須:やっぱり……。
祥子:鬼、ごっこ?
美紀:小学生以来の響きね。
部長:いいから。お前らとりあえず一列にならべ。
天野:もうほとんど一列に並んでるじゃねーか。
部長:……いいか? 俺達は高校生だ、若者だ。
それなのに外に出て駈けずり回らんでどうする。
天野:聞いてねーし。
部長:そこで鬼ごっこをやろうと言うわけだ。
しかしただの鬼ごっこではつまらんからな、今回は『増え鬼』をやろうと思う。
那須:増え鬼?
祥子:なにそれどんなの?
部長:うむ……。『増え鬼』とは、ゾンビ鬼、バンパイア鬼など呼称は色々あるが、
通常の鬼ごっこと違うのは鬼は鬼のままで役割が変わらないということだ。
鬼に触れられた者は鬼になり、また別の者を追いかける。
そうして制限時間内に鬼をどんどん増やしていき、
全ての者が鬼になった時点でゲーム終了だ。
ちなみに、鬼に触れられてから鬼になるまでには30秒の猶予がある。
その間は鬼にならなくて済む、というわけだ。
必然的に鬼が多くなるわけだから、まともに逃げてるだけでは捕まってしまう。
どちらかというと、鬼ごっこよりも、かくれんぼの味が強いな。
祥子:へー、なんか難しいね。
那須:難しいかな?
美紀:まあ、とにかく、鬼になってない人を追いかけて鬼にすればいいわけね。
部長:そういうことだ。範囲は高等部の校庭と校舎を除いた敷地内。制限時間は1時間。
制限時間に達した時、生き残りが一人でもいれば、鬼サイドの敗北だ。
思う存分駈けずり回るがいい。
天野:範囲広いなおい。この学園が、高等部だけでどれだけ広いか分かってんのか。
那須:校舎と校庭を除く意味は?
部長:校庭は運動部が使っているし邪魔になる。
あとさすがに校舎で走り回るわけにもいかないからな。
だから、その両方と、初等部および中等部は禁止区域とする。
すなわち、侵入した時点で脱落だ。
美紀:脱落って、鬼になるのとは違うの?
部長:当たり前だ。ペナルティとして、脱落者には晩飯をおごってもらう。
無論、全員分のな。
それと、脱落者が出た瞬間に敗者が確定するから、そこでもゲームは終了だ。
ああちなみに、禁止区域は鬼も何も関係ないからな。
那須:もうそれって、晩飯たかりたいだけなんじゃないの?
天野:いやでも、高等部だけって、それでも結構広いぞ……めんどくせぇ。
美紀:同感。
祥子:走るのやだなぁ。
部長:ごちゃごちゃうるさい奴らだ。一列に並べ。
天野:もういいよそれは。
那須:はぁ……で、最初の鬼は誰がやるんだい?
美紀:最初の鬼か。大変そうね。
祥子:あたしなりたくないなぁ。
那須:はは。祥子ちゃんが最初の鬼だったら、誰も鬼にならなくて済みそうだしね。
祥子:なんでよー。
部長:最初の鬼は公平に、ジャンケンで決める。
ちなみに最初の鬼には追いかけ始めるまでに、60秒の拘束時間を設ける。
美紀:あー、なんか普通。
部長:なんだよ、今までも普通だったろうが。さあ、準備はいいかお前ら。
ここでゲームの全てが決まると言っても過言ではないぞ。
那須:大げさだなぁ。たかが鬼ごっこだろう?
部長:よし、じゃあいくぞ。……ジャン、ケン……ポン!
間5秒
天野:走れ走れ! 今のうちに距離をあけるぞ!
那須:ははは! やっぱりこういうのは言いだしっぺが鬼になるもんなんだよね!
祥子:60秒で出来るだけ遠くにいかないとね!
美紀:ちょ、ちょっとみんな速いよ!
天野:おい! 美紀が遅れてるぞ! ちょっと速度落とせ!
那須:あ、ああ、そうだね。だいぶ離れた所まで来たし、少し休んでも大丈夫だろう。
美紀:はぁ、はぁ、疲れたわ……。え――ちょッ! みんな、前!!
天野:あ?
部長:やあ、また会ったね。
天野:な!?
祥子:そんな! 速すぎる!!
天野:おいおいおいお前ちゃんと60秒数えたのかよ!
部長:もちろんだ。発案者の俺がルールを破ってどうする。
那須:それにしたって、なんで僕らより先にいるんだ。
部長:こう見えても脚には自信があってね。それに、回り道なんていくらでもあるものさ。
天野:チッ……。息切れひとつしてやがらねぇ。
部長:どうした? 逃げないのか? そんなんじゃあ捕まえ甲斐がないぞ。
それとも、命乞いでもしてみるか?
天野:くそ、このままじゃ全滅だ。どうする。
祥子:どうする、って言ったって・・・・・・。
《※ここから厨二全開※》
美紀:……みんな、逃げて。
祥子:え?
美紀:逃げて。……私が足止めするわ。
祥子:美紀ちゃん!? な、なに言ってるの!?
美紀:言ったままよ。このままじゃ全員彼に捕まってしまうわ。
だったら、誰かが足止めするしかないじゃない。
祥子:そんな、美紀ちゃん……。
美紀:いいのよ。どうせ私の脚じゃ、みんなと一緒に逃げることはできないしね。
……さあ、行って。
祥子:そんな、そんなのできないよ!
美紀:できるできないじゃないの! 他に選択肢はないんだから!!
祥子:美紀ちゃん! 駄目だよそんなの! 駄目だよ! 一緒に逃g
那須:祥子ちゃん!!
祥子:――ッ! 那須、くん?
那須:行こう。
祥子:で、でも。
那須:美紀ちゃんの意思を酌んであげるんだ。彼女は馬鹿じゃない。
彼女が考えての行動なら、それが最善なんだろう。
祥子:そんな……。
天野:あー、もう! グズグズしてんなよ! 逃げられるんならさっさと逃げちまおうぜ!
那須:ああ、そうだね天野君。……行こう祥子ちゃん。
祥子:……うん。
美紀:そうよ。それでいいの。
那須:……美紀ちゃん!
美紀:なにかしら。
那須:生き残るんだ。
美紀:ふふ、善処するわ。
那須:……さあ、行くよ二人とも! 走れ!!
間3秒
美紀:行ったみたいね。……さて、そういうことだから、悪いけど、足掻かせてもらうわ。
部長:お涙頂戴もいいとこだな。貴様程度にこの俺の足止めが務まるとでも?
ルールを忘れたのか? 小娘。
俺には触れただけで相手を鬼に変えられるというアドバンテージがある。
美紀:そうね。確かに有利なのは貴方。でも、鬼になるまでには、30秒の猶予がある。
部長:……貴様。
美紀:ふふ、その30秒。有意義に使わせてもらうわ。
間5秒
祥子:美紀ちゃん……。
那須:心配しなくていい祥子ちゃん。大丈夫だ。彼女なら、きっと上手く逃げてる。
祥子:そ、そうだよね。きっと、大丈夫だよね。
那須:ああ、だから余計なことは考えないで。今は生き残ることだけを考えるんだ。
天野:ふん、なにを根拠に……。あの距離で鬼に目ぇ付けられて、無事なわけねぇだろ。
那須:天野君、そういうことは言うもんじゃない。
天野:あ? 本当のことだろ。
那須:美紀ちゃんは僕達のためにあそこに残った。
それを無下≪むげ≫にする言い方はよすんだ。
天野:ハッ、そもそも、鬼に追いつかれたのは美紀の足が遅かったからじゃねーか。
当然の役回りだr…
那須:天野!!!
天野:なんだよ?
祥子:や、やめてよふたりとも! ケンカしないでよ!
今は仲間同士で争ってる時じゃないでしょ!?
那須:……あ、ああ、そうだね、ごめん。つい。
天野:ふん。諭されて黙るくらいなら、最初からつっかかってくるなっての。
祥子:天野くんも!
天野:ああ? うるせーんだよてめーは! いちいちいちいちピーピーピーピー!
那須:よすんだ天野君。女の子だぞ。
天野:――チッ。……関係あるかよそんなの。
那須:……(ため息)。まあいい……。とりあえずこれからどうするかだね。
なんとか身を隠せる場所を見つけたはいいものの、ここも長居はできないだろう。
天野:同感だな。お前らといつまでも一緒にいたんじゃあ、すぐに見つかっちまいそうだ。
那須:……ふん。……祥子ちゃん、どこか安全な場所に心あたりはない?
祥子:んーと、とりあえず、今私達がいるのは中庭と校庭の連絡通路、だよね。
……校舎と校庭は禁止区域だから、限られるのはその他の場所……ってなると、
やっぱり物陰とか、施設の裏とかになっちゃうかなあ……。
那須:なるほど、ありがとう。つまり、どこかに立てこもることは出来ないわけだ。
ならば、ひとつの場所に留まるよりも、
周囲を警戒しつつ、隠れる場所を随時変えていくほうがよさそうだね。
幸い、高等部だけでも範囲はかなり広い。
死角を減らせば見つかっても逃げられる確率は上がるはずだ。
祥子:そうだね。そのほうが安全かも。でも……。
那須:どうした。……不安、か?
祥子:……うん。
那須:そうだね。僕も不安だ。でも安心して。――君は、僕が必ず守るから。
祥子:那須くん……ありがとう。
天野:おい、話し合いは終わったか?
だったらさっさと移動しようぜ。ほら、早くしろよ。
那須:ああ、行くよ祥子ちゃん。次の隠れる場所を探そう。
祥子:うん!
那須:よし。……天野君、周囲に問題は?
天野:……チッ、クソ。
那須:天野君?
天野:……いーや、……問題あり、だ。
那須:なに? 一体何が……。
美紀:あらぁ、そんな所に隠れていたのねぇ……。先に行っちゃうなんて非道いわぁ……。
那須:美紀ちゃん!?
祥子:美紀ちゃん! よかった! 無事だったんだね! 心配したんだよ! 怪我はない!?
天野:――ばッ! 馬鹿! 行くな!!
祥子:痛っ! ちょ、ちょっと! 離して天野くん!
那須:待つんだ祥子ちゃん、様子がおかしい。近付いちゃいけない。
美紀:ふふふ……。
那須:美紀ちゃん。君…………鬼、なんだね……?
祥子:え? 何言って……。
美紀:ふふふ。
那須:答えるんだ! 君は、鬼なのか!?
美紀:ふふふ。
祥子:美紀……ちゃん?
那須:――くそっ……!
天野:は、はは! ほら見ろ! やっぱりじゃねーか!
アイツ、お、鬼になっちまいやがった!!
祥子:そ、そんな、嘘、だよね? 美紀ちゃ……
天野:無駄だ無駄だ! さっさと逃げるぞ! いくら鬼でも相手が美紀なら逃げ切れる!
美紀:逃げる? どこに? また私を置いて逃げるの?
やめてよ、ねえ。私を置いていかないで。
天野:こいつ、なに言ってやがる!
那須:鬼になって間もないんだ。まだ状態が不安定なんだろう。
美紀:どうしてみんなそんな顔をしているの? ねえ、一緒に逃げましょう?
部長が待ってるわ。ほら、みんなで一緒に、鬼から逃げるの。
まだ、捕まえなきゃいけない人は、たくさんいるんだから。
那須:見ていられないね……。
祥子:助け、られないの?
那須:無理だ……。
天野:んなことどうだっていい! とにかくここから離れるぞ!
那須:だ、駄目だ天野君! そっちは!
天野:あぁ!?
那須:さっきの話を聞いてなかったのかい!?
ここは中庭と校庭の連絡通路。左右は校舎、そしてその先は……校庭だ。
天野:禁止、区域……。
おいおいふざけんなよ! ここに隠れるって言い出したのはてめぇだろ!!
那須:すまない。もっと考えるべきだった。
美紀:ふふふ、まさに袋のねずみねぇ。
祥子:美紀ちゃん……そんな。
那須:祥子ちゃん……残念だけど、彼女はもう美紀ちゃんじゃない。……鬼だ。
天野:ああそうだよそうだよその通りだ!! だからやばいんだよ!
クッソ! どうするどうする!!
那須:落ち着くんだ天野君。幸い鬼は美紀ちゃんだけ。なんとかなるかもしれない。
祥子:なんとかって。どうするの?
那須:僕に考えがある。
天野:れ、冷静に言ってる場合かって! なんとかなるんなら早くしろよ!!
祥子:ど、どうするの那須くん!?
美紀:……ねぇ。さっきから何を話してるのかしら? ねぇ、私も混ぜてよ。
ねぇ、ねぇねぇねぇ……ふふふ、あは、あははははははは!!
天野:おいおいおいおいほらほらほらほら来たぞ来たぞ!! ど、どうすんだよ那須!!
那須:天野君。
天野:なんだよ!!
那須:祥子ちゃんを頼む。
天野:はあ!?
那須:残念だけどこれしか方法が思いつかなくて……、ねぇ!!
祥子:那須くん!? 何を!!
美紀:――くっ! …………離しなさい……。
那須:ふっ、悪いね、少しだけ僕に捕まっていてもらおうか。
……さあふたりとも早く逃げるんだ!!
僕が美紀ちゃんを拘束できるのは30秒だけだ! 急げ!!
祥子:そんな……。
天野:行くぞ祥子!!
祥子:え、ちょ、ひっぱらな
天野:急ぐんだよ!! 走れ走れ振り返るな!! あいつはもう駄目だ!!!
一拍
那須:……上出来だ天野君、それでいい。……ごめんね美紀ちゃん。
もう少し、付き合ってもらうよ……。
間5秒
天野:ハァ! ハァ! ハァ! なんとか、ハァ! なったか!?
祥子:ハァ……ハァ……那須……くん……。
天野:ハァ! ハァ! 忘れろ。ハァ……。今頃あいつも鬼の仲間入りだ。ハァ……。
祥子:みんな……いなくなっちゃった……。
天野:いや、まだお前がいる。それに、俺もな。
祥子:ふたりだけでどうするって言うの?
天野:どうにかするしかねーだろ。
祥子:どうにかって……。
天野:幸い、ここも隠れるには都合がいい。
このあたりは草の手入れもされてねーし、身を隠すには持ってこいだ。
祥子:天野くん、あれって、旧校舎?
天野:ああ。今は打ち捨てられて、学園の地図にも載ってないけどな。
うかつに近付くなよ。旧校舎でも校舎は校舎だ。禁止区域に変わりはない。
祥子:うん……。
天野:さってっと……どうすっかなぁ……。
祥子:……うん。
天野:なんかあるか?
祥子:んーん。
天野:だよなあ。
祥子:…………ねぇ。
天野:ん?
祥子:ありがとね。
天野:はあ? 何がだよ。
祥子:さっき。……那須くんが美紀ちゃんに掴みかかった時。
天野くんが私を引っ張ってくれなかったら、きっと、動けなかった。
天野:あー。大した事じゃねーよ。俺もテンパってたし。
祥子:その前も、鬼の美紀ちゃんに駆け寄ろうとした私を、止めてくれた。
天野:だから大したことじゃねーって。……なんだよ、急に。
祥子:感謝してるんだよ。私知ってる。天野くんは、すごく優しい人なんだって。
ちょっと強引なところはあるけど、根は優しいんだって。
天野:ふん、勝手言いやがって……。…………祥子。
祥子:なに?
天野:あのさ。あ、いや……。
祥子:ん?
天野:この戦いが終わったら、お前に伝えたいことがあるんだ。
……だから、絶対に、ふたりで生き残ろう。
祥子:うん。そうだね。……絶対に。
天野:約束だ。
祥子:うん。約束。
天野:シッ! 身を隠せ!
祥子:え!?
天野:(ウィスパー)……草の音がする。やっぱここを選んで正解だったな。
祥子:(ウィスパー)だれ?
天野:(ウィスパー)さぁな。
一拍
部長:ハローハロー、聞こえているかい? どこにいるのかなぁ。
出ておいで、子猫ちゃん。痛くしないからさぁ。
天野:(ウィスパー)部長か。厄介な奴がきたなおい。
祥子:(ウィスパー)どうするの?
天野:(ウィスパー)距離が近すぎる。やり過ごそう。
祥子:(ウィスパー)でも、どうしてここが分かったんだろう。
部長:おい美紀。本当にあいつらはここにいるのだろうな?
美紀:間違いないわ。
逃げた方角と、隠れられそうな場所、時間と、ふたりで走った場合の距離……。
必ずこのあたりにいるはずよ。
天野:(ウィスパー)くそ、美紀までいやがるのか。ますます厄介だな。
どおりで場所がバレるわけだぜ。
祥子:(ウィスパー)美紀ちゃん……。
天野:(ウィスパー)もう感傷に浸るのはよせ祥子。
例え俺が捕まっても、振り返らずに逃げるんだぞ。いいな?
祥子:(ウィスパー)うん……。わかった。
天野:(ウィスパー)よし、それでいい。
部長:確かになあ。さっきから臭いがプンプンしている。
どこに隠れてるんだろうなあ。ここかなあ、それともここかなあ。
祥子:(ウィスパー)ちょちょちょ、近付いてきてるよ!
天野:(ウィスパー)まずいな……草の分け目を読まれてる……。
祥子:(ウィスパー)どうするの?
天野:こうする!!! こっちだ鬼野郎! 俺はここだ!
部長:おや、やはりそこに隠れていたか。……美紀。
美紀:ええ。
天野:近付くんじゃねーよクソッタレがぁ!! くらえ!
美紀:ぷぁ! な、なにこれ! ……土?
天野:ハッハー! こっちに来るんじゃねーぞ!
弾ならいくらでもあるんだよ! おら! おらぁ!
美紀:ぷぁ! げほげほ……。
部長:小癪な。草の根を引き抜いたか。
天野:さあ今のうちだ祥子。走れ! 旧校舎の壁沿いに抜け道がある。行け!
祥子:え? 天野くんは!?
天野:俺はここでこいつらを食い止める! 行け!
さっき言っただろ!? 行くんだよ! 俺はあとから行く!
祥子:う、うん!
部長:そうはさせん!
天野:行かせるかって、の!!
部長:くっ! ぶは!
天野:ははは!! どうしたどうした! 触れてみろってんだよ!
美紀:部長、祥子が逃げるわ。
部長:ペッ……分かっている。
天野:ハハッ、打つ手無しってやつかぁ!!?
……充分距離は稼げたな。俺も退散するか。
美紀:部長、天野も逃げるわ。
部長:分かっている。
美紀:冷静なのね。
部長:焦る必要はない。
間3秒
天野:祥子! 待たせたな、充分距離は稼げた! 逃げるぞ!
……っておいおいおい! 何立ち止まってんだ!!
わき道はせめーんだ! 早く進め!
祥子:天野くん……。
天野:なんだよ!! 早く進め! すぐ後ろに奴らが来てる!
那須:……騒々しいな。
天野:て、てめえは!!
祥子:那須、くん……。
那須:いやあ、部長の言うとおりだよ。ここで待っていれば、君達が来ると。
天野:ふん、待ち伏せとは味な真似してくれるじゃねーか。
那須:そっちこそ、旧校舎のわき道とは考えたものだね。
しかしリスクが高過ぎたようだ。知っているかい?
旧校舎は中等部の敷地に隣接しているんだよ。
……見てごらん。ご丁寧に白線まで引いてあるじゃないか。
その足元から先は、禁止区域だ。
天野:片側は壁、片側は禁止区域。そんで前後には鬼か。ハハッ、八方塞がりだな。
祥子:那須、くん……?
那須:おや? どうしたんだい? 祥子ちゃん。
そんなに怯えた顔をして……。悩みがあるなら僕に相談してみないか?
いや……そうだなあ。ふむ、わかるよ。――怖いんだろう?
僕が。鬼が。追われる立場が。
祥子:え……。
天野:祥子。戯言だ。奴の言葉に耳を貸すな。
那須:そんな君を救ってやれる方法はひとつだけだ。
祥子:ひとつ?
天野:祥子! 聞き流せ!
那須:鬼になるんだ。
祥子:鬼、に?
那須:ああ、そうさ。いいものだよ、鬼は。
隠れる必要も、逃げる必要もない。怯える必要がないんだ。素晴らしいと思わないか?
天野:思わねえな。人間であることを捨てたお前に、講釈される筋合いはねえ。
那須:穏やかじゃないね、天野君。君だってそうさ。
虚勢を張るのはよすんだ。本当は怖いんだろう?
僕が解放してあげよう。その恐怖から。苦痛から。あらゆる苦難から。
天野:解放だと? それは逃避って言うんだぜ。
那須:人類史上、我々はあらゆる恐怖から逃れるため、様々な文明を開化させてきた。
恐怖から逃れることは、後退とは正反対なんだよ。
そう……進化、とでも言おうか。
天野:鬼になることが、人間の次の進化だっていうのか。
那須:飲み込みが早くて助かるね。
天野:その進化の行き先は、なんだ。
那須:――破壊だよ。
天野:……狂ってやがる。
那須:ずいぶんな言い様だね、天野君。でも、祥子ちゃん、君なら分かるだろう?
逃げることは恥ではない。それを受け入れるんだ。
――僕達とともに、新時代の礎《いしずえ》を築こうじゃないか。
言っただろう? 君を守ってやれるのは、僕だけなんだよ。
祥子:那須くん……。
那須:さあ、――ほら、この手に触れるだけでいい。それだけで、君は救われるんだ。
天野:祥子、よせ。奴はマトモじゃない。
祥子:天野くん。……天野くん。私ね。ずっと怖かった。怖かったんだよ。
天野:祥子?
祥子:でもね、それは鬼が怖かったんじゃない。
みんながいなくなってしまうのが、
みんなが私の前でいなくなってしまうのが、怖かった。
ずっと考えてたんだ。私が生き残って何が変わるんだろうって。
何ができるんだろうって。
何もできない。何も変えられない。
私ひとりが出来ることなんてたかが知れてる。みんなの気持ちを無駄にしてしまった。
でも、そうじゃないんだ。戦ってるのは私ひとりじゃない。
いなくなってしまったみんなが、私に託したんだ。
みんなの気持ちを私は受け取った!
だから、――もう逃げない!
天野:祥子! お前何を言っt
祥子:天野くん! ……受け取って。私達の想い。
そして、私の出した……(溜めて)答え!!
天野:祥子!!
那須:おおっと……。手に触れるだけで良かったんだけど、まさか抱き付かれるとは。
祥子:天野くん! 早く! 那須くんを禁止区域に!!
天野:ば、馬鹿かお前!! それじゃあお前も!!
祥子:いいの! 決めたの! 私はもう逃げない! みんなと一緒に戦うって!!
天野:違う!! そんなのはただの自己犠牲だ!! エゴだ!
自分を犠牲にしてまで残るものなんて
祥子:あるんだよ!! 残るものは! 確かにあるんだ!!
天野:そんなもんどこに!!
祥子:君だよ!
天野:え……。
祥子:君だよ! 君を守るために、私は犠牲になる。そして託すんだ!
悲しみの連鎖はここで止める! 天野くんは輝ける人生の、その一歩を踏み出すんだ!
部長:おやおや、随分とおもしろいことになっているじゃないか。
天野:ぶ、部長!? クッ――追いつかれたか!
美紀:あら、お取り込み中だったかしら?
部長:ハハ! かまわん、続けろ。足掻くがいい人間。俺はそういうのが大好きだ。
那須:部長。僕今わりとピンチなんだけど、助けてくれないのかい?
部長:知るか。俺は楽しければそれでいい。人間の娘ひとり振り払えぬ貴様など、いらぬ。
那須:ふふ、それもそうだね……ごめんね祥子ちゃん。少し強くいくよ。
祥子:ぐっ……う。
那須:へえ、意外と頑張るんだ。
天野:祥子!
祥子:あ、天野君!! お願い! もう……もたない! 私ごと那須くんを突き飛ばして!
それで、それですべてが終わるの!
天野:そんな、出来るわけないだろ!!
祥子:お願い!
天野:出来ない!!
祥子:早く!
天野:だって俺は!
祥子:天野君!
天野:――ッ!
祥子:約束守れなくて……ごめんね。
天野:しょ……ぁ……ぅぅ…………う、うああああああああああ!!!!
那須:(うああああに被せて)まいったねぇ。
間5秒《※厨二終了※》
美紀:はい終わり。
部長:ふう、良い運動になったな。
天野:よしっ、じゃあメシ行くぞー。
部長:那須、祥子。分かっているな?
那須:うぅ、僕のバイト代が……。
祥子:あんまり高いのはやめて欲しいんだけど。
那須:ああ、やっぱラーメンとか。
美紀:焼肉ね。
天野:だな。
那須:嘘だろ?
部長:嘘じゃない。お前はゲームに負けたんだ。甘んじて受け入れろ。
那須:やっぱりたかりたいだけだったんじゃないか……。祥子ちゃん、持ち合わせある?
祥子:まあ、ある程度は……。
那須:はぁ、仕方ない。脱落者がふたりいたのがせめてもの救いかな。
天野:おっとなんだ那須。女に金出させる気か?
美紀:男らしくないわね。
那須:そんなぁ……。――分かったよ。僕が出すよ。
祥子:やったあ。ごめんね那須くん。
那須:受け入れが早いなあ。
部長:よし、それじゃあ行くぞ。
いつだって敗者は虚しいものだ。
俺たち勝者が負けた者にしてやれることは、
受け入れた罰を最後まで見届けてやることくらいだろう。
せめてもの手向けだ。みんな、腹いっぱい食おう。
fin