カチカチヤマ







たぬき:男 性別不問

うさぎ:男 性別不問


男女不問です。一人称二人称の変更はご自由に。
アドリブや言い回しの変更もお好きに。











《本編》



たぬき:お?
    おー、うさぎじゃーん。
    今日も畑作業か? 精が出るなあ。

うさぎ:ああ、たぬきか。
    ちょうど今、わらを下ろした所だよ。

たぬき:そうかそうか。お疲れさん。

うさぎ:ああ、ひと段落ついたし、
    これから昼にしようと思ってたんだ。
    どうだ? 一緒に。
    おにぎり作り過ぎちゃってさ。

たぬき:なんだよ珍しいこと言って。
    まあでも、ちょうどハラ減ってたし、
    食べてこうかな。

うさぎ:お、じゃあ決まりだな。


間。


たぬき:うめっ。うめぇ。うめぇなあ。
    お前、おにぎりの腕は相変わらずだよなあ。

うさぎ:はは、そうかそうか。ありがとう。
    ああ、そうだ。ちょっと聞きたいことあったんだけど。
    あ、そこご飯粒ついてるぞ。

たぬき:ん? ここか?

うさぎ:違う逆。

たぬき:あこっちか。
    ん? でなに? 聞きたいこと?

うさぎ:お前、ばあちゃん殺《や》ったろ。

たぬき:ばあちゃん?

うさぎ:ばあちゃん。
    ――裏山の。

たぬき:あぁー………………。
    殺ったかもしんない。

うさぎ:かもしんないじゃなくて。
    殺ったろ。

たぬき:うん。
    殺ったかもしんない。

うさぎ:いやだからさ。

たぬき:いやいやいやいや。
    違う違う違うちがくて。

うさぎ:違うって何が。

たぬき:仕方なかったんだよ。

うさぎ:いやそうじゃなくてさ。
    殺ったか殺ってないか聞いてんだって。

たぬき:あーいや、うん、まあ、そう聞かれたら?
    まあ、うん。殺った……よね。

うさぎ:殺ってんじゃん。

たぬき:うん。ごめん。殺ったわ。

うさぎ:殺ってんじゃん。

たぬき:いや、違う、違うんだよ。

うさぎ:またそれかよ。
    なんだよ違うって。

たぬき:俺だってやばかったんだって。
    だってさ、あれだよ?
    たぬき鍋にするとか言ってたんだよ。
    じいちゃんが。

うさぎ:じいちゃんじゃん。

たぬき:俺のこと罠にかけたあげくさ。
    今夜はたぬき鍋だぞ〜ばあさん、とか言ってんの。
    やばくない? じいちゃん。

うさぎ:いやじいちゃんじゃん。

たぬき:そんで、鍋の野菜採りに行って来る〜ってじいちゃんどっか行ってさ。
    あとはもうね、ばあちゃん独りだし、ちょちょいのちょいよ。

うさぎ:そこちょちょいのちょいじゃまずいだろって。
    なんなのお前、え、なに? サイコパスなの?
    まあ百歩譲ってだよ。百歩譲ってな?
    じいちゃん殺るのは分かるよ。
    お前もやばかった訳だしな。
    ――なんでばあちゃん殺るの?

たぬき:そりゃあお前、殺るならばあちゃんの方がリスク低いからだろうよ。

うさぎ:あーやばい。

たぬき:あーあとアレだ。ほら、ジジイ直接殺るよりも、
    ババア殺った方が、ジジイへのダメージでかそうじゃん?

うさぎ:やばいやばいやばい。ジジイとか言い始めたし。
    お前やばいわマジで。きてるわ。引くわ。

たぬき:いや、引くとかはよく分かんないけど、理屈は分かるでしょ?

うさぎ:いやーもうほら、理屈とか言い始めたし。
    理屈とか言い始める奴はだいたいやばいんだって。

たぬき:ジジイどう?
    ダメージ受けてる?

うさぎ:そりゃ受けてるよ。すげー受けてる。
    ジジイめちゃくちゃショゲてるもん。

たぬき:おーマジか。やったぜ。

うさぎ:やったぜとか言うな。

たぬき:まあ、でも、あれだな。
    ちょっと可哀想なことしちゃったかもな。

うさぎ:うお……、え、なに。
    ここで急に改心すんなよ。
    びっくりするだろ。なに?

たぬき:だってほら、ババアいなくなってジジイも寂しいだろ?
    だったらさ、ジジイも殺っとくべきだったかなって。
    あの世で一緒になれるし。

うさぎ:あ、やばい。
    やばいわお前マジで。びっくり。
    付き合い長いけど、
    ここまで歪んでたのかお前。

たぬき:歪んでるかな。でもほら、理屈は分かるでしょ?

うさぎ:理屈って言うのやめろ。
    俺の中のお前どんどんやばい奴になってるから。

たぬき:まあとにかく、仕方なかったんだって。
    ババアだってもうどうせ長くなかったしさ。
    ちょっと早くなっただけなんだから。

うさぎ:殺った張本人が言うことじゃないんだよそれ。
    なに事故みたいに言ってんの?

たぬき:おいおい、なんだよお前もしつけーな。
    すげー食いついてくるじゃん。
    なに、あいつらになんか思い入れあったっけ。

うさぎ:いや、別にないけどさ。

たぬき:じゃあいーじゃんこの話はさ。

うさぎ:いやよくねーだろ。ばあちゃん殺っといて。

たぬき:いいんだよいいんだよ、いーのいーの。
    俺もう行くわ。
    おにぎりありがとな。ごちそうさん。

うさぎ:あ、おいおいちょっと待て。

たぬき:ん、なに?

うさぎ:メシ代メシ代。わら運ぶの手伝ってくれ。



間。



たぬき:おい……手伝うのはいいけどさ……。
    全部……持たせる? 普通。

うさぎ:たまには運動しろって。どうせなまってんだろ?

たぬき:いや、おにぎりだぞ……俺もらったの。
    この……労働量は……割に合わないだろ……絶対。

うさぎ:いいからほら、脚動かせ脚。
    日が暮れるぞ。

たぬき:嘘だろお前、鬼軍曹じゃん。
    ――あ、ほら坂だ。坂始まったよ。
    悲鳴あげてる俺のふくらはぎが。
    坂を見て震えあがってる。

うさぎ:なんだなんだ、ごちゃごちゃうるせーな。
    分かったよ。後ろから押してやるから。
    ――ほら行くぞっ。

たぬき:おーマジか。すげえ助かるよそれ。

一拍。

たぬき:押してる?

うさぎ:押してる押してる。

たぬき:ほんとに?
    なんか……全然楽に……なってないんだけど。

うさぎ:押しててそれなんだろ。
    押してなかったらもっとしんどいぞきっと。

たぬき:ああ、そういうこと?

うさぎ:そういうことそういうこと。ほら、前向いて進め。

たぬき:うん…………。
    ――――えっなに? なんの音?

うさぎ:なにが?

たぬき:いや、なんかすごいカチカチ言ってるけど。
    え、なに?

うさぎ:カチカチ?
    あー……それは、あれだな。
    ほら、ここカチカチ山だから。

たぬき:え、なにそれ。
    カチカチ山?

うさぎ:そうそう。カチカチ山。

たぬき:カチカチ山だからカチカチ聞こえんの?

うさぎ:ああ、カチカチ山にはな、あのー、
    カチカチ鳥ってのがいてさ。
    そいつの鳴き声なんだよ。

たぬき:え、そうなの? なんかすっごい近くから聞こえるけど。
    いる? そんな鳥。いなくない?

うさぎ:いるいる。擬態がもうめっちゃ凄くてさカチカチ鳥。
    たぶん見つけらんないと思う。

たぬき:擬態そんなに凄いのに、こんなに鳴き声出すの?
    生態矛盾してない?
    隠れたいの目立ちたいのどっちなの?

うさぎ:気にすんなよそんなこと。
    生き物には色々不思議があるんだよ。
    ほら進め進め。

たぬき:あ、ああ、うん。

一拍

うさぎ:クッソ、なかなか点かねーな。
    んだよこれ……ほんとに点くのかよ……あっ。
    あー点いた点いた。

たぬき:ん? なんか言ったか?

うさぎ:ああ、悪いひとりごと。

たぬき:なんだよそれ。
    あ、カチカチ鳥鳴き止んだな。

うさぎ:カチカチ鳥?

たぬき:いやお前が言ったんだろ。カチカチ鳥がカチカチ鳴いてるって。

うさぎ:ん? あー、そうだな。カチカチ鳥な。
    そうそう、鳴き止んだ鳴き止んだ。

たぬき:なんだよお前、どうかし…………くさくね?

うさぎ:え?

たぬき:くさくね? なんか。

うさぎ:ん? そうか? 分かんないけど。

たぬき:いやくさいだろ。くさいって絶対。
    なんだろ、なんかコゲてるみたいな。
    え、なんか燃えてる?

うさぎ:燃えてないよ。

たぬき:燃えてるって絶対。くっせ。
    え? なに? なにこれ、なんの臭い?
    くっっせ。

うさぎ:あー、ごめん。
    それ俺の体臭かも。

たぬき:え、マジで?
    嘘でしょ?

うさぎ:マジマジ。最近ちょっと悩んでんだよね。

たぬき:え? やば過ぎない?
    てか、だとしても今急にする?

うさぎ:急にするんだよ最近。この時間になると。

たぬき:えーなにそれ。そんなのある?
    ちょっとよくないってそれ。
    医者行った方がいいよ。

うさぎ:あーやっぱり?
    いや、どうしようかなーとは思ってたんだけどさ。

たぬき:だってすごい臭いしてるもん。
    もうなんか、まとわりついてくるっていうか。
    付き合い考えるレベ…………すごいボーボー言ってる。

うさぎ:ん? どうした?

たぬき:すっごいボーボー言ってる。なにこれ。今度はなに?
    なんの音?

うさぎ:ボーボー?

たぬき:尋常じゃないぐらいボーボー聞こえるんだけど。
    すっごい聞こえる。すっごい聞こえるんだけど。
    え、なに? こわい、こわいこわい。

うさぎ:それは……ボーボー鳥だな。

たぬき:ボーボー鳥? また鳥?
    また鳥鳴いてんの?

うさぎ:となりの山がボーボー山だからさ。
    たまにこっちまで飛んでくるんだよ。

たぬき:え? なに? ちょっと待って全然聞こえない。
    ボーボー鳥の鳴き声デカ過ぎて聞こえないんだけど。

うさぎ:おーそんなにか。今日はいっぱい飛んでるのかもな。

たぬき:聞こえないんだってお前がなに言ってんのか。
    なにこれ、耳元にいる?
    耳元にいんのボーボー鳥。
    え、ちょっと待ってマジでこわくなってき…………あっつ。

うさぎ:お、どうした?

たぬき:いや、あっつ……。
    あつあっつ。熱いな。なんだこれ……。あっつ。
    熱い。あ、待って。熱い、あっつ。
    あ、……あっ!!
    熱い! これ熱い! これやばい! やばいやばいやばい!
    あっつ! あっつ! あち! あちちち!!
    なにこれ! なにこれ!
    熱い熱い熱い! あーつい! あーつい!
    あっち! 熱い! 熱い! 
    熱い! 熱いって! あっつ! あっつ!
    た、たすけ……。
    あっつ! 熱い! 嫌だ! 熱い! あつ!
    あつー! あつー!
    あーっつ! あーっつ!
    あっ駄目! 熱い熱い熱い!
    ああ……あぁぁあぁぁ。



間。



うさぎ:大丈夫?

たぬき:ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……。

うさぎ:すごかったな。

たぬき:ハァ……ハァ……。
    背中痛ェ……。
    なにが……起きたんだ。

うさぎ:わらが燃えてた。

たぬき:背中の?

うさぎ:背中の。

たぬき:なんで……?

うさぎ:分かんないけど。

たぬき:分かんないって……。
    そんなことある?
    ――なんかした?

うさぎ:してないよ。

たぬき:ほんとに?

うさぎ:ボーボー鳥いなくなったな。

たぬき:めちゃくちゃどうでもいいよ今それ。
    俺燃えてんだよ?
    お前の目の前で。

うさぎ:それは知ってるよ見てたから。

たぬき:そうだな見てたな。棒立ちで。
    燃え盛る炎の隙間から見えたわお前が。
    腕組みしてぼーっと突っ立てるお前が。

うさぎ:ああ、ごめん。なんかして欲しかった?

たぬき:助けて欲しかった。純粋に。

うさぎ:いやでも結構燃えてたし。

たぬき:まあそうだろうけど、慌てるとか声かけるとかあるだろ。

うさぎ:それになんか、途中から変な踊りし始めたし、楽しんでるのかなって。
    観客に徹することにしたんだよね。

たぬき:踊ってない。踊ってないんだよ。踊るわけないし。
    確かに熱くてバタバタしてたかもしんないけど。
    ってか燃えてたでしょ? 燃えてるの見てたよね?
    え、なにお前、目の前で誰か燃えてても助けないタイプ?

うさぎ:今ので自分が、誰かが燃えてても助けないタイプだってのが分かったよ。

たぬき:お前のそんな一面知りたくなかったよ……。
    つーかさ、どう? 背中。どうなってる?
    すっごい痛いんだけど。

うさぎ:ああ、ちょっと見してみ。
    あーー………、これは。
    やばいな。

たぬき:いややばいじゃなくて、どうなってる?

うさぎ:いやーこれはどう見ても、あれだな。
    やばいとしか言いようがないわ。

たぬき:やめろってそういう抽象的なやつ。
    不安になるだろ。
    あれとかやばいとか傷見ながら言っちゃ駄目だって。
    えっそんなにやばい?

うさぎ:やばいやばい。
    なんだろうこれ。やけど? なのかな……。

たぬき:いや火傷だろどう考えても。
    見てたろお前は。背中のわらが燃えてんの。
    いやでもマジでめっちゃ痛いんだけどこれ。どうしよう。

うさぎ:あ、俺薬持ってるよ。
    火傷にすっごい効くやつ。

たぬき:え、なにそれ。お前火傷の薬いつも持ち歩いてんの?
    なんで?

うさぎ:そりゃいつ火傷するか分かんないからな。
    なんかあった時のために持ち歩いてんだよね。

たぬき:ええ? 絆創膏みたいに火傷の薬持ち歩く奴初めて見たわ。
    まあでも助かる助かる。
    ちょっと塗ってくんない?

うさぎ:あいよ。
    じゃあちょっと後ろ向いて。

たぬき:おう、こんな感じ?

うさぎ:おっけおっけ。
    じゃあいくぞー。ちょっとしみるかもしんないけど我慢しろよ。

たぬき:え、マジ? しみんの? 怖いなちょっと。
    優しくた! の!!!
    んんんんんぁああああぁぁあ!!!!

うさぎ:どうした?

たぬき:んんんんんイィィィ!!!!

うさぎ:おおおどうしたどうした?

たぬき:ヌウゥゥィ……。
    ……ハァ……ハァ……。

うさぎ:大丈夫?

たぬき:ハァ……ハァ……。
    ――え?

うさぎ:え?

たぬき:え? ちょっと、え?

うさぎ:え、なになに?

たぬき:いや、え? いやいや。
    ――……何塗った?

うさぎ:わさび。

たぬき:わさ……はぁ!? 
    なんで!?

うさぎ:いや、わさび。

たぬき:なんで!? なんでわさび塗ったの!?
    やばいやばい、お前なに? 頭イカレてんの?

うさぎ:しみた?

たぬき:いやしみたとかじゃなくて!!
    なんでわさび塗ったのかって聞いてんの!!

うさぎ:だって、火傷にはわさびだろ?

たぬき:わさびじゃない! わさびじゃないよ火傷には。
    なにお前、火傷にわさび塗るのが普通だと思ってんの?

うさぎ:実家はいつもそうだったよ。

たぬき:お前の実家狂ってるよマジで。
    一家全員イカレちゃってるって。

うさぎ:そんな事言うなよ人ん家に向かって。
    ほらほら、まだ塗ってないとこあるから後ろ向けって。

たぬき:ちょ、やめろやめろ。わさびを近づけるな。
    絶対嫌だって。二度と御免だよ。

うさぎ:えーでも薬これしか持ってないよ?

たぬき:そもそも薬じゃないんだよそれ。
    わさびは薬じゃないの。
    薬味とは言うけど薬じゃないんだよ。

うさぎ:いやでも実家では

たぬき:もういいもういい、お前の実家の話はもういい。
    つーか、わら燃えちゃったし、もういいだろ?
    ちょっともう家帰りたいんだけど。

うさぎ:あーそうだなあ。しばらく仰向けで寝られないな。

たぬき:ほんとだよもう。
    あーいってぇ……。
    帰って大人しくしてるわ。

うさぎ:そうしろそうしろ。
    お大事にな。

たぬき:ああ、サンキュ。
    またな。

うさぎ:ういまた。



間。――後日。



たぬき:お?
    おー、うさぎじゃーん。
    何してんの?

うさぎ:ああ、たぬきか。
    ちょうどこれから漁に行こうと思ってね。

たぬき:そうかそうか。お疲れさん。

うさぎ:背中の具合はどう?
    治ってきた?

たぬき:ぼちぼち。
    まあだいぶ良くなったよ。
    仰向けで寝られるようになったし。

うさぎ:わさびが効いたな。

たぬき:わさびは絶対効いてない。
    断じて。

うさぎ:そうかなあ。
    まあ治ってきたんなら良かったよ。
    ああそうだ。これから出発なんだけど、一緒にどう?

たぬき:え? 漁に?

うさぎ:漁に。ちょうど新しい船をこさえてさ。
    2隻あるから。

たぬき:でも、漁とかやったことないよ。

うさぎ:大丈夫大丈夫。そんなに難しい事ないって。
    獲れた魚も持って帰っていいし。

たぬき:え、マジで? じゃあ行こうかな。

うさぎ:よし、じゃあ決まりだな。
    船2隻あるけどどっちにする?
    古いのと新しいの。

たぬき:なんか違いあんの?

うさぎ:えーっと、こっちが前から使ってた木で出来た小さいやつ。
    んでこっちが泥で出来た大きいやつ。

たぬき:泥?

うさぎ:泥。

たぬき:泥ってあの泥?
    土の?

うさぎ:そうそう。

たぬき:泥で船作ったの?
    えっ、溶けるよね。

うさぎ:溶けないよ。

たぬき:いや溶けるよ。だって泥じゃん。

うさぎ:溶けない泥で作ってあるんだよ。

たぬき:なんだよその泥。聞いたことないんだけど。

うさぎ:最近流行ってんだよ。溶けない泥。
    ここはほら田舎だからさ、まだ流通してないんだよね。
    里の方はもうコレがトレンド。

たぬき:ふーん。
    でもなんか怖いし、木の方にするわ。

うさぎ:え?

たぬき:え? なに?

うさぎ:いいの? 木の方で。

たぬき:いいよ別に。
    作ったばっかなんだしお前それ乗れよ。

うさぎ:いやいやでもほら最新の技術を体感してみたくない?
    せっかくだしさ。

たぬき:えーいいよ。お前が体感しろよ。

うさぎ:俺はもう一回乗ったから体感済みなんだって。
    それにほら、せっかく作ったんだし、誰かに使ってもらいたい気持ちもあるんだよ。

たぬき:えーでも泥だろ?

うさぎ:大丈夫だって。

たぬき:溶けない?

うさぎ:溶けない溶けない。

たぬき:ほんとに?

うさぎ:しつこいな。大丈夫だって。

たぬき:じゃあまあ、乗るかあ?
    せっかくだし。

うさぎ:よし。
    じゃあはいオール。
    漕ぎ方は分かるよな?

たぬき:ああ、まあ一応。
    見様見真似だけど。

うさぎ:充分充分。
    ほら乗って乗って。

たぬき:ああ。
    ――よっと。
    ……おお、意外としっかりしてるな。
    泥なのに。

うさぎ:だから言ったろ?
    よしじゃあ漕いでみ。
    横に付いてくから。

たぬき:えーっと、こうか?

うさぎ:そうそう。

たぬき:おお、ちょっとずつ進んでるわ。

うさぎ:いいよいいよ。その調子その調子。
    おお、なんだお前、上手いな。
    やってたろお前。

たぬき:いややってねーよ。

うさぎ:やってたって絶対。
    なに、もしかして部活入ってた?

たぬき:入ってねーよ。
    何部だよそれ。

うさぎ:えーマジか。
    才能あるよお前マジで。
    いやめっちゃ進んでんじゃん。

たぬき:えーそうか?
    でもちょっと掴めてきた感あるわ。

うさぎ:いいねいいねその調子その調子。
    どんどん進んでこう。

たぬき:いやそれはいいんだけど、
    どこまで行けばいいのこれ。

うさぎ:もうちょいもうちょい。
    あ、でもだいぶ岸から離れてきたな。

たぬき:おーほんとだ。意外とすぐ沖まで来れるん
    ――あっ。

うさぎ:どうした?

たぬき:あれ? 嘘。えーマジ?

うさぎ:どうしたどうした。

たぬき:――溶けてるな。

うさぎ:え?

たぬき:溶けてるなこれ。

うさぎ:溶けてる? 何が?

たぬき:溶けない泥が。

うさぎ:え? 溶けない泥が溶けてるってどういうこと?

たぬき:そのままの意味なんだよなあ。
    あーもうほらやばいやばいどんどん溶けてる。

うさぎ:溶けてないよ。

たぬき:溶けてるって。俺が言ってんだから間違いないんだよ。
    あー! ほらほらほら水入ってきてる水入ってきてる!

うさぎ:えー溶けない泥なのに?

たぬき:だから溶けてんだって!
    ほら! もうヒザまで水きてる!
    やばいってちょっと!
    え、やばいやばい待って待って待って!
    きてるきてるきてる! 水きてる!
    水きてるっていうか沈んでるよこれ!
    沈んでるって! おい! おーい!

うさぎ:おーすごいな。
    何に乗ってんのそれお前。
    泥の固まり?

たぬき:船だよ! 溶けない泥で作った船!

うさぎ:溶けてんじゃん。

たぬき:溶けてんだよ!
    だから言ったじゃねーか溶けるって!
    あっちょ、やばいやばいもう駄目だこれ!
    沈む沈む沈む! あ、ちょっ。
    やばい、俺泳げない!

うさぎ:え? なに?

たぬき:泳げないんだって俺! 助けてちょっとマジで!

うさぎ:え、ダッサ。

たぬき:あーいいおっけおっけダサいダサイ!
    ダサくていいからもうほんと助けて! 頼む!

うさぎ:分かった分かった。しょうがねーな。
    ほれ。オールに掴まれ。

たぬき:おおサンキュ!
    マジ助かった。

うさぎ:っと見せかけてドン!!

たぬき:いった!!
    ――えっ?

うさぎ:もういっちょドン!!

たぬき:いった!! 痛いって!
    え? なに? なんで殴ったの今オールで。

うさぎ:沈めぃクソダヌキ!
    ドンといくぞドンと!
    おらドン!!

たぬき:いったやめろって!!
    マジで沈むから! 冗談やってる場合じゃないから!
    なに、どうした!?

うさぎ:冥途の土産に教えてやる。
    お前が殺ったばあちゃんな。

たぬき:え? 殺った? ばあちゃん?
    何の話?

うさぎ:裏山のばあちゃんだよ。
    この前話したろ。

たぬき:え? あーあったなそんな事。
    それがどうしたんだよ。

うさぎ:もう思い出になってるじゃねーか。
    虫つぶしたぐらいの感覚かお前は。

たぬき:いいからそれがどうしたってんだよ。

うさぎ:あのばあちゃんが畑で作る人参はな。
    何よりも上等だったんだよ。

たぬき:え?

うさぎ:だからお前はドンだ。

たぬき:えっ待って。え?
    待って待って話が見えない。

うさぎ:見えなくていい。
    おらドン!!

たぬき:うわ! ちょやめ!

うさぎ:はいドン!!

たぬき:やばいってほんとに!
    沈む! 沈むしず……

うさぎ:はいドーン!!

たぬき:やめ……。

うさぎ:ドンドーン!!


間。


うさぎ:ふう……。
    よし、めでたしめでたし。



おしまい