兄妹
≪登場人物≫
ミカ: 女。
兄: 男。
性別、アドリブ、言い回しの変更はご自由にどうぞ。
《本編》
ミカ:ねえ、お兄ちゃん。
兄:ん?
ミカ:ねえ。
兄:なんだよ。
ミカ:おいしい? ビーフシチュー。
兄:ああ、美味いよ。ミカは料理上手だよな。
ミカ:ふふ。ありがとう。
兄:特に今日はこの肉が美味いな。
格別だよ。
ミカ:……ねえ、お兄ちゃん。
兄:ん? なんだ?
ミカ:おとなりのミナミさんと、最近仲良いね。
兄:あ? ミナミ?
ミカ:朝、一緒に登校したりしてるでしょ。
兄:ああ、そりゃ家もとなりだし、学校も一緒だからな。
ミカ:私とは一緒に歩いてくれなくなった。
兄:仕方ないだろ。中学と高校で通学路が変わっちまったんだから。
ミカ:ねえ、ミナミさんとは、学校でもよく話すの?
兄:えー? まあ、わりと趣味も合うし、確かに、仲は良いのかもなあ。
で、それがどうかしたか?
ミカ:んーん。なんでもない。
兄:あ、でもそうだ。
ミカ:なに?
兄:最近アイツ、学校休んでんだよ。
ミカ:……へえ。
兄:今日で3日目になるかな。元気だけが取り柄みたいなやつなのに、
どうしたんだろうな。
ミカ:ねえ、お兄ちゃん。
兄:ん?
ミカ:美味しい? ビーフシチュー。
兄:なんだよさっきから。
美味いって言ってるだろ。
ミカ:ふふ、良かった……。
ねえ、お兄ちゃん。ミナミさんね。
なんで学校休んでるのか。私、知ってるんだ。
兄:え、そうなの? なんで?
ミカ:私にだけ、こっそり教えてくれたの。
だからお兄ちゃんにだけ教えてあげる。
兄:こっそりって……。なんだよそれ。
ミカ:誰にも言っちゃだめだよ?
兄:あ、ああ。
ミカ:旅行に行ってたんだって。
北海道に。
兄:な、え、マジで?
学校休んで?
ミカ:うん。
兄:ズル休みじゃん。
ミカ:うん。ズル休み。
兄:家族で?
ミカ:家族で。
兄:やっば。そりゃ誰にも言えないわ。
ミカ:でね、口止め料として、そのお肉もらったの。
兄:北海道みやげ?
ミカ:うん。結構高いやつらしいよ。
兄:どうりで美味い訳だよ。
ミカ:お兄ちゃんも食べたんだから共犯。
誰にも言っちゃだめだよ?
兄:ああなに、そういう事?
りょーかい。誰にも言わんよ。
ミカ:なら良し。
兄:そりゃ家となりだからな。口止めしたくなるのも分かるわ。
ミカ:ミナミさん、明日は学校来ると思うよ。
兄:そうだな。適当に話合わせとくよ。
ミカ:ふふ、ありがとう。
一拍。
ミカ:ねえ、お兄ちゃん。
兄:ん? なに?
ミカ:昨日、どこ行ってたの?
兄:昨日? ああ、ほら、言っただろ。
急にバイトに欠員出たって。
ミカ:ふうん。
兄:店長に拝み倒されちゃってさ。
ミカ:私と約束してたのに?
兄:それは本当に申し訳なかったって。
店長には恩もあるし、断れなかったんだよ。
ミカ:ふうん……。
兄:今度絶対埋め合わせするからさ。
ミカ:今度じゃダメなんだって。
兄:そんな事言われても……。
ミカ:お兄ちゃんと行きたかったんだよ。買い物。
兄:何か欲しいもんでもあったのか?
一拍。
兄:ミカ?
ミカ:ねえ、お兄ちゃん。
兄:ん、どうした?
ミカ:嘘、ついてるよね。
兄:え、なにがだよ。
ミカ:嘘ついてるよね。
兄:だからなにが嘘なんだよ。
ミカ:昨日。
私ね、急に時間が出来ちゃったから、行ったんだよ。
兄:行った?
行ったって、どこに。
ミカ:お兄ちゃんのバイト先。
兄:は?
ミカ:お兄ちゃんの働いてるとこ、見に行こうと思って。
兄:え……。
ミカ:でもね、お兄ちゃんいなかったんだぁ……。
店長さんにも聞いたんだよ。
そしたら、なんて言われたと思う?
兄:……。
ミカ:「今日は休みだよ」――だって。
一拍。
ミカ:ねえ、お兄ちゃん。
兄:な、なんだよ。
ミカ:きのう、どこ行ってたの?
兄:どこって。
ミカ:私との約束破って、どこ行ってたの?
兄:いや……その。
ミカ:ミナミさんと。
兄:え、何で知って……。
ミカ:そっか。
兄:あ……。
ミカ:ミナミさんとお出掛けしてたんだ。
兄:あ、いや……。
ミカ:そっかそっか。
ミナミさんとお出かけしてたんだぁ。
ミナミさんと……。
ミナミさんと……ミナミさんと……。
兄:ミカ、おい。
ミカ:ねえ、お兄ちゃん。
兄:なんだよ。
ミカ:私がなんで、昨日買い物に行きたかったか、知ってる?
兄:そ、それは……。
ミカ:それはね。
今日が……。
兄:ミカの誕生日だから。
ミカ:え?
兄:はいこれ、誕生日プレゼント。
ミカ:え、え?
兄:なんだ? いらないのか?
ミカ:え、いる。
兄:いやー冷や冷やしたわ。
驚かそうと思ったのにすげー詰め寄ってくるじゃん。
ミカ:え、だって、買い物。
兄:プレゼント買って欲しかったんだろ?
でもお前いっつもエンリョしてばっかじゃねーか。
こういうときのために、お兄ちゃんバイト頑張ってんだ。
たまにはイイモン買ってあげたくてな。
ミカ:ミナミさんは?
兄:ミカも年ごろだからなあ。
オモチャなんて買ってる場合じゃないだろ?
だから一緒に選んでもらったんだよ。
ミカ:――開けていい?
兄:もちろん。
一拍。
ミカ:わ、マフラー?
兄:お兄ちゃんのリサーチ力を舐めるなよ。
ミカの欲しいものなんてお見通しだ。
ミカ:ありがと……。
覚えててくれてたんだ、誕生日。
兄:あったりまえだろ。
俺をなんだと思ってんだ。
ミカ:そっか。
ごめんね。
兄:なんで謝るんだ?
ミカが喜んでくれるなら、お兄ちゃんも
嬉しいんだからな。
素直に喜んどけ。
ミカ:うん、わかった。
ありがとう。
一拍。
ミカ:お兄ちゃん。ビーフシチュー、美味しかった?
兄:だから何回聞くんだって。美味かったよ。すごく。
ごちそうさま。
ミカ:うん、そっか。
兄:ああ、毎晩これでも良いくらいだな。
ミカ:そんなに?
兄:ミナミにも感謝しないとな。
ミカ:そうだね。
……ねえ、お兄ちゃん。
兄:なに?
ミカ:隠してる事、ないかな。私に。
兄:隠してる事?
ミカ:うん。ないかな。
兄:別にないけど。
ミカ:あるよね。
兄:いや、ないよ。
ミカ:あるよ。
兄:しつこいな。ないって言ってるだろ。
ミカ:そう?
兄:ああ。
ミカ:ほんとに?
兄:ほんとだよ。
ミカ:……そっか。
兄:どうしたんだよ一体。
ミカ:んーん。なんでもない。
兄:ああ、よく分かんないけど、あんまり気にし過ぎんなよ。
ミカ:うん。そうだね……。
兄:んー……。腹いっぱいになったら、何だか眠くなってきたな。
ミカ:疲れてるんじゃない?
少し横になってていいよ。お皿洗っとくから。
兄:おお、そう、か……?
ミカ:うん。休んでて。
兄:じゃあ……そう……させてもらおうかな。
いや、でも……妙に眠いな。
ミカ:そんなに?
兄:ああ、なんだ、ろう。
……だめだ……意識……が……。
間。
兄:ん、んん……。
ミカ:あ、気が付いた?
兄:んん……ん?
……ミカ?
ミカ:おはよ。お兄ちゃん。
兄:あれ……俺は……。
ん? え? なんだ、これ。
ミカ:ごめんね。ちょっと縛らせてもらったの。
鉄製の椅子だから、いくらお兄ちゃんでも壊せないと思う。
兄:いや縛るって、どういう……。
それに、ここどこだよ。
ミカ:教えない。まあ、どっかの地下室。
兄:地下?
ミカ:うん。だから、大きい声出してもダメだよ。
全然聞こえないから。
兄:いや待て待て、何してんだよミカ。
これ、お前がやったのか?
ミカ:うん。
兄:は? なんだよそれ。
なんの為に。
ミカ:お兄ちゃんがいけないんだよ。
兄:俺が? なんだって?
ミカ:お兄ちゃんがいけないの。
だから、お兄ちゃんはしばらくここから出してあげない。
兄:いやいやちょっと待てよ。
状況が飲み込めな……。
――――ミカ。今何時だ。
ミカ:なに? 時間なんか気になるの?
兄:いいから。今何時だ。
ミカ:もうすぐ日付が回るよ。
兄:嘘……だろ。
やばいやばい。ミカ、今すぐこれをほどけ。
ミカ:なんで?
兄:なんでもいいから! 頼む!
ミカ:どこに行くの? そんなに急いで。
兄:大事な用があるんだ!
間に合わないとまずい事になる!
ミカ:まずいことって?
兄:いいから早くほどいてくれよ!
ミカ:なんで?
兄:ミカ! いい加減にするんだ!
このままだと……
ミカ:出現予測に間に合わない?
兄:な……。
ミカ:そうでしょ?
兄:ミ、ミカ? 何言ってるんだ……お前。
ミカ:急がないとだよねえ。
間に合わないと、被害が出るかもしれないし。
兄:お、おい。ミカ。
ミカ:あいつらと戦えるの、お兄ちゃんだけなんだから。
兄:ミカ。
ミカ:ね。お兄ちゃん。
隠してる事、やっぱりあったね。
兄:な、なんで……。
ミカ:ごめんね。お兄ちゃんが夜中にいなくなったり、
学校が遅くなるって言ってどっか行ったりしてるの、
私、ずっと気になってたんだ。
兄:気付いて、たのか。
ミカ:そりゃあね。一緒に住んでるんだし。
なによりお兄ちゃんの妹だもの。
……ふふ、それでね、一回だけ、お兄ちゃんの後を付いて行ったんだよ。
どこに行くのか。
兄:な、お前まさか……【教団】に?
ミカ:うん。あんな所にあんな建物があったなんて知らなかった。
不思議だよね。ずっとこの街に住んでるのに。
でね、少ししてから、学校ズル休みして、お兄ちゃんがいない隙に行ってみたの。
最初は門前払いだったんだけどね。お兄ちゃんの妹だって言ったら、急に門が開いたよ。
兄:馬鹿かお前。何やってんだよ。
ミカ:大人の人達がいっぱいいて、色々教えてくれたんだ。
ここが何なのか。お兄ちゃんが何をしているのか。
兄:あいつら……ふざけやがって。なんのためのコントラクトだ。
ミカ:お兄ちゃんはずっと戦ってきたんだね……。
世界を滅ぼす力と、たった一人で。
兄:ミカ、もういい。
【教団】の事は忘れるんだ。
ミカ:私知らなかった。
お兄ちゃんがずっと、そんな危ない目に遭ってきたなんて。
兄:(ためいき)
いいかミカ……。危なくなんかない。
【教団】の奴らに何を言われたか知らないが、
心配しなくていい。だからもう……
ミカ:だめっ。
兄:ミカ。
ミカ:だめだよ。お兄ちゃんだけが戦うなんて。
兄:……それが……俺の役目だ。
俺が生きている理由なんだ。
ミカ:私は? 私はどうなるの?
お兄ちゃんがいなくなったら、私……。
兄:何言ってるんだ。俺はいなくならない。
ずっとお前のそばにいる。
ミカ:嘘だよ。
兄:……。
ミカ:嘘だよ、お兄ちゃん。
兄:嘘なんかじゃない。
ミカ:嘘だよ。私知ってる。お兄ちゃん、あれに乗るたび、
どんどんおかしくなってる。
兄:あれって……スパインのことか。何で知って……
ミカ:お兄ちゃん、味、分かんないでしょ。
兄:は? 味?
ミカ:今日食べたビーフシチュー。思いっきりからくしたの。
分からなかった?
兄:え……。
ミカ:片目、視えてないでしょ。耳もかな。
色も分からなくなってる。
……気付いてないと思った?
兄:そ、それは……。
ミカ:ずっと隠してるみたいだったから、何も言わなかった。
でも、もう限界。
そんなお兄ちゃんもう見てられない。
このままじゃお兄ちゃん……いなくなっちゃう。
兄:ミカ……。
そうか。気付いてたのか……隠しててごめん。
でも……誰かがやらなきゃならないんだ。
ミカ:なんで? なんでそこまでするの?
みんなはお兄ちゃんが一人で頑張ってるなんて知らないんだよ。
兄:そういう問題じゃない。
ミカ:じゃあなんで。
兄:正義の味方になるつもりはない……。
ただ、知ってる誰かが傷付くのは、見たくないんだ。
ミカ:お兄ちゃん……。
兄:ごめん、ミカ。
だから俺は行かなきゃならない。
これをほどいてくれ。
ミカ:んーん。だめ。
兄:おいミカ。いい加減にしないか。
お前だってもう分かってるだろ。
もうすぐ奴らが街にくる。
だから俺が行かないと。
ミカ:お兄ちゃんは行かなくても大丈夫。
兄:は?
ミカ:私が行くから。
兄:なん……だって?
ミカ:大人の人達に聞いたの。
戦えるのは生まれつき適性がある人だけ。数百万人に一人の逸材。
お兄ちゃんはその中の一人。
兄:あいつら、そんな事まで。
ミカ:適性があっても適合率が低ければスパインのバックファイアに耐え切れず、
やがて酷使された五感が犠牲になっていく。
そして、お兄ちゃんの適合率は最大62%。
兄:ミカ?
ミカ:大人の人達が、私に興味を持った理由がすぐに分かったよ。
適性は遺伝する。極稀にだけどね。
兄:ミカ、お前、まさか。
ミカ:私の適合率は、平常時97%。
計測史上、最高値だってさ。
兄:嘘……だろ。
ミカ:ほんと。
だからもう、お兄ちゃんは戦わなくても大丈夫。
兄:だ、駄目だ駄目だ! クソ! あいつら、妹には手を出すなと!
ミカ:お兄ちゃん。
兄:ミカ! 【教団】の言う事なんて聞くな!
あいつら狂ってんだよ。お前は騙されてるんだ。
……クソ、なんなんだよ。約束が違うだろ……。
ミカ、な? 戦うなんて言わなくていい。
お兄ちゃんは大丈夫だから。
ミカ:私がお願いしたの。
兄:は?
ミカ:あの人達は悪くないよ。
私がお願いしたの。
お兄ちゃんのために、出来ることはないですかって。
兄:そんな、何言ってんだ。お前にできることなんて何もない!
俺の帰りを待って、笑顔でおかえりと言ってくれてればそれでいいんだ。
やめてくれ。俺の戦う理由を……奪うなよ。
ミカ:ありがとう、お兄ちゃん。
お兄ちゃんは、私のために戦ってくれていたんだね。
兄:頼む……いかないでくれ。
ミカ:お兄ちゃんが私のために戦ってくれていたなら、
今度は私が、お兄ちゃんのために戦う。
兄:ミカ……。
ミカ:大人の人達が約束してくれたの。私が戦えば、お兄ちゃんは戦わずに済むって。
だから、協力してもらったんだよ。
兄:協力?
ミカ:うん。この場所も、お兄ちゃんを眠らせたのも、
全部あの人たちが手伝ってくれたの。
きっとお兄ちゃんは反対するからって。
兄:そんなの、当たり前だろ。
実の妹なんだぞ。
ミカ:そうだね。
でも、お兄ちゃんが私の事を大切に思っているよりずっと、
私はお兄ちゃんの事が大事なの。
……私はこれ以上、お兄ちゃんが壊れていくのを見ていられない。
兄:ミカ……。
ミカ:だから、私は戦う。
一拍。
兄:スパインは…………俺のを使うのか。
ミカ:――うん。少し改良したけど、素体は同じみたい。
兄妹だから親和性も高いだろうって。
兄:そうか……。右のシンに少しクセがある。慣れろ。
ミカ:うん。
兄:実戦は初めて――……だよな。
最初の180秒に全力をかけろ。焦らずに、深呼吸しながら、
死なないことだけを考えるんだ。
そこを生き残れば、生存率がグッと上がる。
ミカ:うん。
兄:出現予測は。
ミカ:平気。ブリーフィングは終わってる。
スパインも、ちょっと練習しただけで褒められたよ。
驚異の運動性能だって。
兄:そうか。
ミカ:お兄ちゃん。
兄:なんだ。
ミカ:ありがとう。
兄:礼を言われる様なことはしていない。
ミカ:そっか。……ごめんね。
兄:謝られる様なこともしていない。
ミカ:へへ。そう、だね。
――あ、ここ、しばらくしたら迎えが来るからね。
それまで大人しくしてて。
兄:……そうか。
ミカ:うん。たぶん、ミナミさんが来てくれると思う。
兄:……そうか。
ミカ:驚いたよ。ミナミさん、お兄ちゃんのサポート役だったんだね。
どうりで仲良しだと思ったよ。
兄:……。
ミカ:はは。
一拍。
兄:ミカ。
ミカ:なに?
兄:庭の地下に、俺の六連装ヒートスラッグが埋まってる。
旧式だが威力は申し分ない。役に立つはずだ。
……持っていけ。
ミカ:……うん。ありがとう。
兄:それと。
ミカ:ん?
兄:……死ぬなよ。
ミカ:ふふ、私を誰だと思ってるの?
お兄ちゃんの妹だよ?
世界一強いお兄ちゃんの妹なら、世界一強いに決まってる。
兄:そうか。
ミカ:それじゃあ、行ってくるね。
兄:ああ。必ず、帰ってこいよ。ミカ。
ミカ:うん。
ばいばい、お兄ちゃん。
fin